ピピーッ!と、試合終了のホイッスルが鳴った。それまで響いていたバッシュのスキール音や、ボールがバウンドする音と振動が消え、会場全体が鎮まる。ほんの数秒の沈黙がやけに長く感じたのは、まさか海常が、幼馴染みが負けるなんて思ってもみなかったから。


「うそ、でしょ…?」


観客席から沸き起こる歓声。それすらもどこか遠く耳をすり抜けていく。両チーム5人の選手が互いに頭を下げ握手を交わしている間も、私はただじっと幼馴染みだけを見ていた。幼馴染みは相手チームの一人と何か話したあと、片足を引きずってコートを出たが、ここからじゃ遠くてどんな表情をしてるかまでは確認出来なかった。泣いて、いないだろうか。
興奮冷めやらぬ、といった様子で会場を立ち去る観客たちの中で、私は携帯を握り締めひたすら連絡を待ち続けた。







しばらくして携帯に一通のメールが届いた。「控え室に来て」普段絵文字や顔文字を多用する彼からは想像つかない簡素な文章。メールを見てすぐに彼がいるであろう控え室に向かった。一般人が入っていいのかどうか分からないが、警備員らしき人物は見当たらないので勝手に入らせてもらった。
ようやく着いた控え室では、幼馴染みが一人ベンチに座っていた。せっかく来たのに項垂れたまま顔を上げず、頭にかかったままのタオルでどんな表情でいるのかも見えない。


「涼太」


ゆっくりと涼太の前に膝をつき、やっと見えた顔に安心した。赤い目元にやっぱり泣いていたことを悟る。


「涼太」


そしてもう一度名を呼べばここに来て初めて交わる視線。名前、と掠れた声で私を呼んだかと思うと、私を映す瞳に水分が溜まり、やがてポタリと私の手の甲に落ちた。
後に続いて流れ落ちる雫を拭うように頬へと伸ばした手に、涼太の手が重なった。とても熱い手。


「ごめん、俺、負けちゃった」
「うん」
「でも、勝ち負けだけじゃないんだってやっと気付いたんスよ」
「そっか」
「名前にもっと格好いいとこ見せたかったっス」
「涼太が一番だったよ」
「海常を勝たせたかった」
「そうだね」
「先輩と、もっとバスケしたかった」
「うん」


高校から別々になって涼太がどんな高校生活を送ってるのか私は知らない。だけどモデルの仕事を減らしてまで真剣にバスケに打ち込み、この日のために足の痛みを我慢してまで激しい練習に耐え、強豪校のエースとして誰よりも努力していたこと。本当は泣き虫で強くなんかないのに弱音を吐かずにいたことも、私は全部知っている。聞かなくても分かる。

だって、その証こそがこの涙なんだもの。


「勝ちたかった…ッ」


手を引かれ、涼太の腕に閉じ込められる。耳元で聞こえる嗚咽が胸を奥を強く締め付けた。たった一言にどれだけの悔しさが込められているのだろうか。私には想像もつかない。


「名前……?」
「…ごめんね。涼太が泣いてるのに、何もしてあげられない」


そんなことない、と左右に首を振る涼太にせめて何かしてあげられたらと思って、ぽろぽろ落ちていく涙を拭う。涼太と違って酷く頼りない指先かもしれないけど、涼太が悲しみの海に沈んでしまう前に、そこから引っ張り出してあげよう。溺れてしまう前に、私があなたの涙を掬ってあげるから。



涙に溺れないように
(君の指先は、いつだって優しい)
(早く気付いてよ。君という存在に、いつも俺がどれだけ救われてるか)


14'0120
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